舟は二そうあった

今日の福音、ルカ5・1-11「漁師を弟子にする」
最近 これを読むと思うことがあって、 それは「舟は二そうあった」 ということ。
なんとなくイエスさまは どっちかの舟を選んだ。ペトロの船を選んだ… みたいに感じていたけれど、
シモンは、「先生、わたしたちは、 夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。 しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。 そして、漁師たちがそのとおりにすると、 おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。 そこで、もう一そうの舟にいる仲間に合図して、 来て手を貸してくれるように頼んだ。 彼らは来て、二そうの舟を魚でいっぱいにしたので、 舟は沈みそうになった。
ペトロの舟だけでは魚を引き上げることはできなかった。 網が破れそうになったとき、手を貸してくれる仲間がいた。 二そうの舟は沈みそうになった、けれど 沈まなかった。
イエスがゲネサレト湖畔に立っておられると、 神の言葉を聞こうとして、群衆がその周りに押し寄せて来た。 イエスは、二そうの舟が岸にあるのを御覧になった。 漁師たちは、舟から上がって網を洗っていた
今日の神父様のお話しの中で 今は自分ファースト、私が一番、私 優先、私が王、 そんな時代 と言っておられました。
イエスさまは最初から二そうの舟を見ておられた。 それはどういうことだったのかな、と思う。
