すべて与えられてる

2026年06月01日

(聖ユスティノ殉教者の記念日)


第一朗読 ペトロの手紙2、1・3-7                                      

主イエスは、御自分の持つ神の力によって、                                   命と信心とにかかわる すべてのものを、                                     わたしたちに与えてくださいました。

から始まり、最後に怒涛のように来る言葉↓

だから、あなたがたは、                                            力を尽くして信仰には徳を、徳には知識を、                                   知識には自制を、自制には忍耐を、                                       忍耐には信心を、信心には兄弟愛を、                                      兄弟愛には愛を加えなさい

に圧倒されながら、                                              すべて与えられているけれども、それだけじゃダメなんだ、                             力を尽くすことを求められている… と考えさせられます。                             

続けて福音 マルコ12・1-12                                         (ぶどう園と農夫のたとえ)を読むと、                                      このぶどう園、垣を巡らせ、搾り場を掘り、                                   見張りのやぐらを立て、、すべて用意されて与えられている。

だけど、この農夫たち 収穫 はあったんだろうか?                                と、ふと思った。                                               豊かな収穫があったのなら、跡取りを殺して                                   相続財産を手に入れようとか するものなんだろうか                               どうなんでしょうね。


すべて与えられている。                                            だからそれを受けて、受けていることに気付いて、                                ひとつ ひとつと積み上げて、                                           成長させて、実りを希望したい。                                         豊かな収穫を返せるように、                                          力を尽くして。


でも最後に 愛 を加えてくださるのは                                      あなた なんじゃないか、と思うんですケドね…

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