耕す人。

2021年02月10日

今週は第一朗読、天地創造の箇所が読まれていきますね、              今日は2つめの天地創造(創2・4bー9、15-17)のはじまりでした。

読みながら思ったこと。                           ・耕す、てなんなんだろう。                         ・木や草が生えるために必要なのは、雨。                     ・人がつくられた 地を潤したのは地下から湧き出た水。              ・なんのために耕すんだろう? 食べるのには困らないみたいなのに、、

今日の福音は(マコ7・1-3)                    人を汚すのは 外からのものでなく、人の心の中から出るもの…

神さまの みこころはどこから来るんだろう。                   外から? 上から? … 地下から ?

自分の心から出てくる様々な思いは、無くなるってことは無いと思う。   汚されないってどうしたらいいんだろう。                そのために「耕す」ということが必要なのかなぁ…

神父さまのお話しでは、神さまが人に息を吹き入れられたのは           つくったものにハンコを押す、銘を入れる、みたいなもの。             その神さまのしるし、によって生きるようになった、と。

人は 耕すために つくられたのではないと思うけれど、                          人が「いきる」ということと、                     耕す ということは離せないことなのかもしれないなあ、と                 思ったりしています。       

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