回心=心の壁を壊すこと

四旬節 第二金曜日、 マタイ21・33~「ぶどう園と農夫」のたとえ
回心=心の壁を壊すこと この壁を壊そうとされたイエスを、 壁の外に放り出して殺してしまった。 (今日のミサnoteより)
壁を開いて 誰かを入れることも、 壁を開いて 自分が出ていくことも、 あんまりしたいとは思っていないし、
実のところ、そういうふうになりたい。と 願うことも難しかったりする。 そのなかに「いのち」は無いんだろうと わかるのにね、、
だけど思い出すのは、 イエスは大きな岩でふさがれた、真っ暗な墓の中から 出てこられたのでは なかったか…
鍵をかけて閉じこもって、隠れていたへやの真ん中に 来られたのでは なかったか…