主の昇天

2021年05月16日

主の昇天の出来事について、いろいろ考えていましたが、                                ㇷと気付いたんです、私の頭の中のイメージは ご変容の場面になっている、と。                      いやいや、変容じゃなくて 昇天の場面ー… は、どうもうまく浮かばず。。                       それならば!と、一回 ご変容の箇所を読むことにしました。

読んでみると、この ご変容 と ご昇天、違いは何だろう?と思いました。                        ペトロは仮小屋を作ろうと言って、イエズスを留めようとしているよう…                                    それに、弟子たちは とても恐れている。

今日のマルコの福音では、こう書かれています。                                            [イエスは弟子たちに話した後、天にあげられ、神の右の座に着かれた。                                一方 弟子たちは出かけて行って、至るところで宣教したー] 

おや、と思ったのは「一方  弟子たちは…」というところ。                               イエズスが右の座に着かれた、その同じときに弟子たちは出かけて行っているようです。               何も恐れていないようです、 イエズスが離れてゆくことも ……

何が弟子たちを変えたのだろう?                                        ご変容のとき、弟子たちはイエズスの言われた言葉                                 「死者の中からの復活」とはどういうことか、と論じますが、                             まさに、イエズスの死と復活の体験が あったのだ、と思いました。

今年はちょうど当番で、毎日の読書を この一週間 読んできましたが、                                        復活の後の40日というのは、すごい期間なのだ と感じました。                          

ご変容は、数人の使徒だけの出来事ですが、                                   復活の後、イエズスは全ての弟子たちに現れます。                                  イエズスの言われたこと、行われたこと、その姿そのものも、                             恐れを除き、目を開かせ、心を燃えたたせ、                                   新たな いのち に生きるように私たちを変えてゆく 出来事です。

そして、福音の最後には「天に上げられた後も、イエスは弟子たちと共に働きー…」と言われています。          イエズスは天に上げられました。おわり。でなくて、                                    イエズスの出来事はずっと続いてゆくのだ、と                                      それは 一人ひとりに与えられた、なんだろう  賜物?のうちになのかもしれません。                             


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