かみさま の ていねいさ

2020年07月19日

今日の神父さまのお話し の中のことば。                         「神のていねい さ」                                  毒麦は入っていなかったと断言できる、ということ。                    ひとつ ひとつ種を見て準備されたのだろう、という。                   

映画や何かで時々、ガンマンとかが 自分の使う弾をひとつひとつ見て            選り分けてる姿を思い出した。 …これってあんまり良くない例えでしたかね;        でも自分の命を託す物、と思うと 神さまがご自分の いのち を託す、与える?種として    選り分けられた、大丈夫。というほうに入れてくださった、と思うなら            ちょっと ぐ、と来るものがあるように思います。

僕は毒麦を抜いておきましょうか。と簡単に言うけれど                   間引きとか、けっこう難しいんですよね。                         丈夫そうなののすぐ横の細っこいのを抜こう。と思っても、まだ根も浅かったりで       結局もろとも抜けて、、あぁあ… … … と。(笑;

ていねい さ、というものの私の中での感覚は、                      指先にこもる 力、みたいなものです。                          何かを置くとき、ドアや何かを閉めるとき、最後の一瞬                   意識が通る、力がこもる。そんな感覚                           いつもいつも緊張してるわけじゃないけれど、でも時々 離す瞬間に、            あ、あとほんの少し…と思うとき、これはどこから来るんだろう と思う。          

指先にかかる一瞬のささやかな重みのように、                       神さまのていねい さ、を感じとれたらいいなと思います。

無料でホームページを作成しよう! このサイトはWebnodeで作成されました。 あなたも無料で自分で作成してみませんか? さあ、はじめよう